2010年5月31日 (月)

おひさしぶりで

もう何ヶ月空けていたかなど考えたくはない。

高校生活、何か不幸の前触れなのではないかと思うほど、それなりに疲労はあるものの順調である。

精神的にちょっと疲れ気味という時は、宝塚を見て癒す。 ベルばら見て泣いて浄化。

避難場所があるというのは幸せなことだ。

さて、このブログだが、デザイン自体にはめちゃくちゃ愛着があるのだが、なにぶん記事作成まで遠い。 さらに重い。

というわけで、移転を考えている。 なるべく軽く、手っ取り早くブログが書けるような、手軽なところがいいだろう。

さて、次はいつになるのだろうかと思うと気が遠くなるが、今日はこのへんで。

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2010年3月31日 (水)

久しぶりになってしまったものの

久々に更新してみようと思う。さて、近況報告であるが。

卒業式であるが、もはや言うに及ばず。  教室で全く前触れなく、卒業証書を受け取る際に一言挨拶なるものをやってみた。 すっきりした。

私は状況が極めて特殊だから、教室に行くことは殆どなかった。 

でもあの時、私がこの学校ですべきことはようやく終わったんだと思えた。 

相棒とは少しゴタゴタがあって来れず、絶縁状態である。 彼女の心に私の心が全く関わり合えなかったことが、今でも歯ぎしりするばかりの無力感をあおる。

無力感は恐らく一生心に残るだろうが、ようやく傷自体は癒えてきた。

最後のメールに「二十歳になってでもいいから、いつか連絡がほしい」と書いた。

あみんではないけれど、気長に一生待ち続ける気でいる。 最期の畳の上に就こうとも、忘れる気はないし忘れたくない。 失うにはあまりに惜しい友人だった。 私の一生に、それは必要な気がするのだ。

さて、もうひとりの我が素晴らしき友人には、手紙など書いてみた。 私としては、さながら遺言のようだとさえ思えたが。 

彼女には、もう感謝するしかない。私の話にばかり健気に付き合ってくれた。その心にはどう敬意を表せばいいか分からない。 本当にありがとう。

本当に、遊べたらいいね。 カラオケに参りましょうぞ(これしか言ってない?)。

(そうそう、書き忘れたいたが、できれば百恵ちゃんの「さよならの向う側」を聞いてみてもらいたい)

さて、趣味の報告をば。

卒業後、先生から頂いた宝塚のビデオを繰り返し見ている。 

初代の宝塚ベルばら……オスカルを安奈淳さん、アンドレを榛名由梨さんが演じられた時の映像だ。 当時をご存知のマダム・マドモアゼルなら、聞き覚えがあるのではなかろうか。

他の活動としては、本を買った。 2006年のオスカル編でオスカルを演じられた朝海ひかるさんが特に好きだったので、それのほぼ写真集的なものを。

安奈淳さんも大好きなのだが、やはりすぐに手の届く資料が少なすぎる。

些か驚いたのは、普通の会話中、安奈さんも榛名さんも関西弁のなまりがあったことと、榛名さんの地声が劇中と全然違うこと。 別にいまさら驚く必要性はないし、当たり前であるが、なんとなく。

当時のレコードをCDのアルバム化したものがダウンロードできるのだが、早速わがiPodには結構入っている。 いずれファン仲間の方と「愛あればこそ」(全くご存知ない方は申し訳ない)を役割分担の上歌ってみたいものだ。

……というわけでかなりハマってきている。 百恵ちゃんといいベルばらといい、最近興味を持ったものは的中率ほぼ100%だ。

早稲田大学に宝塚の愛好会が確かあったはずだから、我が高校にだってできないものか。 宝塚ならだいぶ身近だろう(身近ではないかもしれないが、私の今までの経歴からすれば充分身近というに値するのである)。

いずれファンを募ってみようと思う。

11日が入学式だから、もし力が残っていれば感想を書いてみることにする。

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2010年3月 4日 (木)

さよならの向う側

今日ほど感慨深く、泣きそうな日はない。明日は卒業式だからである。

小学生の頃とは、気分がまるで違うのだ。

小学校の卒業式は、無理に泣こうとしても泣けなかった。 しかし今回は違う。

この3年間は、大げさなようだが、私にとって維新ばかりだった。 999にはじまり、ゴダイゴ、久保田早紀、ベルばら、山口百恵、宝塚(←最近ハマった)……全て70内が全盛だ。

趣味も好みも、なにひとつない状態で飛び込んだあの入学式。 あの頃と比べれば、私はかなり変わった。 趣味面でも、精神面でも、である。 成長したのか、逆なのかは分からない。

でも、1年生の夏休みから通い始めたあの学校は、あの部屋には、どれほど思い出があるだろう。

一言でいえば、苦しいことも多かったけれど、やっぱり楽しかった。

この3年間の私の結論。 不登校は恥などではない。 

決して推薦するわけではないが、不登校になるこおとによって、全く違う視点からものごとを見ることができる。 これほど得難いものもなかなかないだろう。 

ゆえに、不登校になったことに対して後悔などはかけらもない。 

相棒が明日来なくても、もはやかまわない。 誰にも、人生の大イベントを振り回させたりする気がなくなった。

しかし、あの部屋でもう二度とベルばらの絵を描けなくなるのか。 くだらない話をすることも、時間をもてあますこともなくなる。

明日わたしは、泣くのだろうか。

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2010年2月 9日 (火)

受験

昨日と今日、それぞれ小論文と面接があった。 無論受けた。

どちらとも始まるまでは心臓が口から出てくるかと思うほど緊張していたが、始まってからは先ほどまでの緊張が嘘だったかのようにおさまった。 オスカルさまのご加護だろうか、少し信じている。

まず初日の話をしよう。

小論文のテーマは「ボランティアについて」。本から一部分を引用し、それについて意見を述べること。また、自分がどんなボランティアをしたいか、だった。

ボランティアというのは、体裁のいいテーマであるところから、私が得意とする分野に入った。 まず下書きを書き始め、それから本番。

しかし驚いたのは、私がようやく下書きの半分を埋めたところで、だいたいの人が既に本番に移っていたのだ。

制限時間は80分。 些か焦ったものの、気を取り直して自分の思ったことを書いてみた。有り難かったのは、車を降りる直前まで漫画を読んでいたことだった。

「おにいさまへ…」という、ベルばらの原作者・池田理代子先生の作品で、ベルばらの次に連載されたものらしいが、これにもハマっており、この中の人物のセリフを使うことができたのだ。

下書きが半分ほど埋まってくると、突然普段の調子が完全に戻ってきた。 殆どシャーペンを動かす手を休ませることなく、3行を残して下書き終了。 下書きにかかった時間を考えると、本番の方はモタモタしてはいられない。

一瞬「間に合うかねえ、これ」と思ったりもしたが、残り5分のところで何とか終わり、あとは誤字を修正したりして小論文は終わった。

書き上げた時、思った。 

「この文で落ちても、悔いは残らない」

はっきりいって、小論文はどんなテーマがつきつけられるか分からなかったから、満足のいくものが書けるとは思っていなかった。 ゆえに、これは本当に祝着なことだった。

さて、今日は面接があったわけだが、これもまた始まる直前まで気分が悪くなりそうなほど緊張していた。

しかも待合室で、両横の連中が全員行ったどころか、後ろの列の人間まで呼ばれた。私だけまだ呼ばれない。 

どうやら、私の列の面接官はなかなか帰してくれないらしかった。

「ついてないかもな」

と内心で呟きながら、ようやく呼ばれたので案内された部屋をノックした。

部屋には、2人の面接官がいた。中年の太り気味の男性と、中年に近い男性。部屋に入った瞬間、やはり心臓が落ち着いた。

まず最初に聞かれたのは当然ながら志望動機である。 ここで999を出し忘れてしまったが、仕方ない。 最低限のことは言えた。

それから確か、自分の長所だとか……ああ、思い出すのがややこしくなってきた。やめよう。

一番嬉しかったのは、やはり趣味を聞かれたことだった(ほぼ自分で仕向けた)。

それというのも、自分の長所のところで

「これは趣味なんですが、私は同年代の人が普段目を向けないようなところに向けていますので、みんなとは違った視点で物事が見られるというところが自分の長所だと思っております」

これがきっかけで「趣味だということを言っていましたが、特技と趣味を」という待ちに待った質問がきた。 内心、飛び上がるほど嬉しかったが、ここは冷静にせねばならない。

「はい、特技はパソコンの操作と文章を書くこと(これは前も言った)。趣味は1970年代の音楽を聴くことです。 それからベルサイユのばらを読むこと、あとはアナログレコードの収集と鑑賞です」

これを聞いた面接官の反応を味わうのはこの上なく愉快であった。 1970年代と聞くと、あからさまに「えっ?」と言いたげな感情が見て取れたのである。

面接官の言葉は「幅が広いですね」であった。 

終了します、という言葉と共に立ち上がって私は、学校から指導されてもいないことをやってしまった。

いすから左に立ち上がって頭を下げる、とは指導の紙に書いてあったが、何か言えとは書いていない。しかし私はそこで「ありがとうございました」と自然に言ってしまった。

これは翻訳すると「趣味を尋ねてくれてありがとうございました」である。確かに、本当に有り難いと思っていたのだ。このために面接を楽しみにしてきたのだから。

質問が始まっても、終始身体に力を入れることはなかったし、顔がひきつることもなく、楽に過ごすことができた。

結果発表は明日である。 

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2010年1月27日 (水)

さる高貴なお方

明日は8時に登校、9時に下校する。 私の幸か不幸な立場がそれをかろうじて許してくれるのだ。 ありがたい限りである。

一見「うらやましい」と言われるかもしれないが、では私が事情を説明して「いる?」と差し出しても、受け取る人間などいまい。 そう、自分の経歴に対する損傷が恐ろしく感じる人は。

とにかく、明日は下校して20分後には駅へ向かわなくてはいけない。まるでとんぼ返りだが、仕方がない。

列車に飛び乗って街中に行って、しばらく(アナログ)レコード屋で暇つぶしをして、さるお方のご来訪を待つ。

実はこの方、銀河鉄道999&ベルばらファンなのだ。

前は999ファンとして会ったが、今回はベルばらが加わった。 ああ、次は宝塚か、と密かに感じている私である、が。

さて。

これは私にとっては大イベントかつ大困難である。

まず、体調が悪い。 といっても、病気ではないが、お世辞にもいいとはいえない。

また、↑の事があったもんだから、両親は「やめたほうがいいんじゃないの」と言う。 しかしこの話は年が明ける前からあって、更に熊本からバスではるばるいらっしゃる。

それを前日になって「体調不良のため日延べさせて頂きたい」などと、私としては口が裂けても言えない。

ちなみに熊本から、しかもその方とはネットで出会ったなどということは、両親には言っていない。言ったら反対されることは火を見るより明らかだ。

とすると、少々の無理をしてでも出向くしか私に道はない。

少しお腹が痛かろうが何だ。 受験が間近だから何だ。 ファンの根性の見せどころだ。

……と、私の999&ベルばらファン精神が叫んでいる。

ファン精神に私があらがうようになったらこの世はその日のうちに終わる、と言っても、私をよく知るオフの知り合いは誰も笑うまい。

私にとって最寄り駅までの道のりは西遊記並みにも思えるが、何のために、普段根性を出さない根性を温存しているのか考えてみれば、このときこそ見せ場だ。

ファンの誇りと根性と粘着質をとくとご覧あれ。

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